はじめに:掛け軸とは何か、どんな種類があるか、どんな場所に飾られるか
掛け軸とは、書や東洋画などを掛けて鑑賞できるように表装したもので、下端に装着した軸木に巻きつけて保管するものです。書画などの周囲には裂や紙を配し、芸術的な魅力や特徴を引き立てます。表装された作品(掛軸)は、床の間などに掛けて鑑賞されます。掛物とも呼ばれ、日本の室内装飾では重要な役割を果たしています。
掛け軸には様々な種類があります。日常掛、季節掛、慶事掛、仏事掛、節句掛などが代表的です。それぞれ時節や行事、来客などによって最もその場にふさわしいものに掛け替えて楽しまれます。春には桜、夏には朝顔、お祝いの時には鶴亀、仏事の時には南無阿弥陀仏といった具合にその場その場の雰囲気を最も大切にした掛け軸を飾るのがルールです。
掛け軸は床の間だけでなく、茶室や仏壇などでも用いられます。茶室では茶道の精神や季節感を表す茶掛が飾られます。仏壇では本尊や名号・法名などが描かれた仏掛が飾られます。これらの場所では特別な様式や意味合いがあります。次章では掛け軸の歴史について紹介します。
掛け軸の歴史:掛け軸はいつから日本に伝わり、どのように発展してきたか
掛け軸とは、書や東洋画などを裂や紙で表装したもので、床の間などに掛けて鑑賞するものです。掛け軸は中国が起源とされており、仏教と共に日本に伝わりました。では、掛け軸はいつから日本に伝わり、どのように発展してきたのでしょうか。
掛け軸の原型となったのは、中国の前漢時代(紀元前206年 – 8年)に部屋の壁に掛けられていた縦長の絹の垂れ幕であったという説があります。その後、中国の唐時代(618年–907年)にかけて現代に通じる掛軸の様式に体系化されていきました。当初は「掛けて拝する」事に用いられ、仏教の仏画用にまず普及を始めました。
日本では、すでに飛鳥時代(592年-710年)に掛軸が仏画として入ってきていたと考えられますが、現存するものはありません。平安時代(794年-1185年)に遣唐使として中国に渡った空海により曼荼羅が持ち帰られたことで、日本でも曼荼羅製作が始まり、そこから仏画や掛軸の表装技術が発展していきました。
鎌倉時代(1185年-1333年)に入ると、日本と中国の間で禅僧の往来が盛んとなり、禅宗と共に水墨画が伝わり盛んとなりました。水墨画は禅の思想や花鳥風月を表すものであり、掛け軸は仏教仏画の世界から独立した芸術品をさらによく見せる補完品として発展していきました。
室町時代(1336年–1573年)になると、足利将軍家や地方大名など上層から下層までの広い顧客層が美術品を求めるようになりました。特に狩野派は多くの画家を組織化し分業システムを確立し、マーケットを席巻しました。また茶道もこの時期に発展し、「わび」「さび」「幽玄」という日本特有の美意識が熟成されました。茶道では茶室や床の間など和風な空間が整えられ、掛け軸はその中で重要な役割を果たしました。掛け軸は来客者や季節、時間などに応じて取り替えられ、その場面の格式や趣向を表現することが重視されました。
安土桃山時代(1573年–1603年)には、戦国大名や豪商たちが豪華絢爛な文化を築きました。彼らは中国やヨーロッパからさまざまな文物や技術を取り入れ、日本独自の芸術様式を創造しました。掛け軸も金地や錦地など華麗な裂地が用いられ、大胆で鮮やかな画風が流行しました。千利休や本阿弥光悦などの茶人もこの時代に活躍し、わび茶の精神を完成させました。彼らは掛け軸にも厳選された素朴で味わい深い作品を選び、茶室の空間に調和させました。
江戸時代(1603年–1868年)には、江戸幕府の統治下で平和と安定がもたらされました。この時代には町人文化が隆盛し、浮世絵や肉筆浮世絵など庶民向けの絵画が普及しました。掛け軸も簡素で安価に製造・販売されるものがあり、生まれた子供の初正月や節句などに贈られる風習がありました。一方で上流階級では文人画や南画など中国風の画風が好まれ、文人表装と呼ばれる簡素で素朴な表装が用いられました。
明治時代(1868年–1912年)以降は、西洋文化の影響を受けて掛け軸も変化しました。西洋から入ってきた絵画表現=西洋画に対する概念として、これまでの掛け軸に描かれた伝統的な表現は日本画と呼ばれました。大正期の特筆すべき流れとして国家をバックにした文展に反発する先進的な日本画家たちが現れ自由な創作活動を展開し、個性的な作風を生み出したことが挙げられます。掛け軸も西洋画や写真など新しい表現手法が取り入れられるようになりました。また、日本画が世界的に評価されるようになると、掛け軸も海外への輸出品として需要が高まりました。
大正時代(1912年–1926年)には、自我と個性を尊重する風潮が高まりました。美術は個人の自由な意思による創作によって成立するというイデオロギーのもと、国家をバックにした文展に反発する画家たちが新たな美術団体を結成しました。掛け軸もその影響を受けて多様化しました。西洋画の技法を用いて日本画を制作する作家も現れ、日本画と西洋画の境界を曖昧にしました。
昭和時代(1926年–1989年)は、戦争や経済危機など社会的な混乱と、日本画の黄金期とも言われる文化的な繁栄が同時に起こった時代でした。掛け軸もその影響を受けて様々な変化を見せました。一方では、国策として美術が利用されたり、戦争で多くの美術品が失われたりするなどの苦難がありました1。他方では、文展や日本美術院などの美術団体が活動し、横山大観や平山郁夫など多くの優れた日本画家が掛け軸を制作しました。また、抽象画や前衛芸術など新しい表現様式も登場しました3。昭和時代の掛け軸は、伝統と革新の狭間で揺れ動く日本の姿を映し出しています。
掛け軸の魅力:掛け軸に描かれる画題や表装の形式、材料や技法など
掛け軸に描かれる画題
掛け軸にはさまざまな画題がありますが、ここでは代表的なものをいくつか紹介します。
一つ目は、自然や季節を表現する画題です。これには、四季折々の風景や花鳥風月、山水画や花鳥画などがあります。これらの画題は、日本人の自然観や美意識を反映しており、掛け軸の中でも人気が高いです。例えば、桜や紅葉、雪景色などは日本の四季の象徴としてよく描かれます。また、松や竹や梅などは長寿や不屈の精神を表すとされています。
二つ目は、仏教や道教の神仏や聖人を表現する画題です。これには、仏像や菩薩像、観音像や地蔵像などの仏教画や、八仙や太上老君などの道教画があります。これらの画題は、日本人の信仰心や敬虔さを反映しており、掛け軸の中でも格式が高いです。例えば、阿弥陀如来や観音菩薩などは極楽浄土への希望を表すとされています。また、福禄寿や招財進宝などは幸福や繁栄を願うとされています。
三つ目は、歴史上の人物や故事を表現する画題です。これには、武将や文人、英雄や美女などの肖像画や、古典文学や歴史書から取られた物語や逸話などがあります。これらの画題は、日本人の歴史観や文化観を反映しており、掛け軸の中でも教養が高いです。例えば、源義経や太閤秀吉などは武士道や野心を表すとされています。また、枕草子や源氏物語などは日本文学の名作として尊ばれています。
以上が掛け軸に描かれる画題の代表的なものですが、他にも多くの種類があります。掛け軸に描かれる画題はその時代や作者の思想や感性を反映しており、その背景にある意味やメッセージを知ることで、より深く鑑賞することができます。
掛け軸解説、各部の名称
掛け軸にはさまざまな部分がありますが、ここでは代表的なものをいくつか紹介します。
①「本紙」
作品を描いた紙や絹の部分を本紙と呼びます。本紙は掛け軸の中心となる部分であり、作品の内容や作者の署名や印章が見られます。
②「天地」
本紙の上下に付けられる布や紙の部分を天地と呼びます。天地は作品を保護し、美しく見せるために付けられます。天地の色や柄は、作品の内容や雰囲気に合わせて選ばれます。
③「中回し」
本紙の左右上下を取り囲むように付けられる布や紙の部分を中回しと呼びます。
④「風帯」
風帯とは、掛軸の上部から垂れ下がる細い布のことです。元々は中国で屋外で掛軸を飾る際に、風になびいて燕や泥を寄せ付けないために付けられたものです。日本では飾りとして発展し、掛軸の種類や格によって形や色が異なります。風帯は掛軸の象徴とも言える重要な部分です。
⑤「一文字」
一文字とは、掛け軸の本紙の上と下に貼ってある幅の狭い裂地(布)のことです。金襴や銀襴などの高級な布が使われることが多く、本紙の題材や格に合わせて選ばれます。一文字は本紙を引き立てる役割を果たし、掛け軸の品位を高めます。
⑥「軸先」
軸先とは、掛け軸の下部に左右についている飾りのことです。軸棒という棒の先端に取り付けられており、掛け軸を巻くときに持ちます。軸先は掛け軸の種類や格によって素材や形が異なりますが、一般的には象牙や牛骨、鹿の角や瀬戸物や塗り物などが使われます。軸先は掛け軸の見た目や雰囲気を左右する重要な部分です。
以上が掛け軸の各部の名称ですが、他にも多くの用語があります。掛け軸の各部の名称を知ることで、その構造や機能を理解することができます。
材料や技法など
日本画に使われる材料は、主に墨や顔料、和紙や絹などです。墨は、植物や動物の煤を固めたもので、水で溶いて濃淡を調節します。顔料は、天然の鉱物や植物などから作られた色素で、動物の胆汁やニカワなどで固めます。和紙や絹は、日本画の下地となる画地です。和紙は、楮や三椏などの植物の繊維を水に浸してすいたもので、柔らかくて吸水性が高いです。絹は、蚕が作った糸を織ったもので、光沢があります。
日本画に使われる技法は、主に墨画法と彩色法です。墨画法とは、墨だけで描く技法で、筆の運びや墨の濃淡で表現します。彩色法とは、顔料を使って色彩豊かに描く技法で、重ね塗りや点描などの方法があります。日本画は、一度描いたら修正ができないため、筆使いや色合わせに高い技術が求められます。
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